2011-10-03

向かい風(10/3改題、加筆)

Twitterでは、リアルタイムで吐き出せるのがこの場合利点だったこともあって、何人かの方にはずいぶんご心配をおかけしたことだったのですが…

ほのさんの周りのお友達は、実は携帯電話を持ってる子が割といるんです。ですが、我が家では少なくとも小学生のうちはもたせない!と思っているので、たまにほのさんが遊びに行くときに私の携帯電話をもたせることが、あります。なので、家にいるときに、ほのさん宛にメールがくることが時々、あります。でも、ほのさん用のメールフォルダに入るように設定してあるので、基本的には、私はメールは、見ません。
ところが。
ケータイメールをPCにも転送する設定にしてたのをすっかり忘れてしまって、たまたま1通のメールを見たのが、運のつきでした…というか。

そのメールの内容というのが。
どうやら、ほのさんが複数の男子にひどいことを言われたらしく、そのことに憤慨している内容と。
自分自身もリーダー格の女子に逆らえず、ほのさんにそんなこと言うつもりのないことを言ってしまってごめんなさい、というメールだったんでした。

((((;゚Д゚)))))))

数日前、実は何人かの男子からいろいろ言われるらしく「おかーさん、私ちゃんとお風呂にも入ってるのにくさいかなぁ…」と突然言われてびっくりはしたのでしたが。

これ、こっちで考えてる以上にただ事じゃないじゃん!

ちょうど帰宅したうみさんに「ちょっと」と声をかけそのメールを見てもらい、
ほのさんにも事情を聞き。多分家族に心配かけまいと思って言わなかったのだろうけれど…

考えあぐねた末、私は担任の先生にお手紙を書く事にしました。(その後、姐さん(うちの事務局長)には「お手紙じゃ事が重大な事になって先生に負担でしょう、直接会いに行って話すのが正解だったのに…」と言われましたがw)

翌朝、ほのさんに手紙を持たせて登校させたのでしたが。

登校から1時間もしないうちに担任の先生から電話がΣ(゚д゚lll)

あとでほのさんに聞いたのでしたが、ほのさんから渡された手紙をその場で読んだ先生は血相を変えて教室を出たまま、1,2時間目は自習という事になり…結局、2日かけて26人の子ども全員(ほのさん含む)から事情を聞いたんですよ、担任の先生(´・_・`)。
その上で、特に名前の出た男子3人の保護者には先生から直接事情を説明したと先生からはお話がありました。なんかとんでもないおおごとにしてしまった…とも、思ったのでしたが。

悪いことに翌日が土曜参観だったのでした…もう、すごく居心地悪くてつらかった。担任の先生から直接連絡の行った保護者さんからは「申し訳ありませんでした」って声をかけられたので「こちらこそおおごとにしてしまって…」って言えたんですけどねぇ…そうでない保護者さんの視線が、冷たかったというか。なんか、逆に告げ口したこっちが悪いのか? 私、モンスターペアレンツ? という空気で、ひさしぶりに立ち直れなくなるほど落ち込みました…帰りたかったけど学級委員長なので帰るわけにも行かず(/ _ ; )

しばらく、そのことを誰にも言えず、かと言って立ち直るでもない状態でいたのでしたが。ほのさんを守れたんだからそれで良しとしていいのか、私のしたことは本当にこれでよかったのか、真摯に対応してくださったのに、本当に申し訳ありませんでしたと謝る担任の先生にとんでもない負担をかけてしまったのではないか…苦しくて誰にも言えないってこんな状態なのか、って。
そんな中、1週間ほどしたある日、若い子育て支援リーダーさんとの打ち合わせで、成り行き上その話になって、彼女たちが私以上に憤慨してくれて、というか…なんか、そのときにはじめて、吹っ切れた気がしました。

よく、いじめはいじめられるほうも悪い、というけれど。
ちょっとした気に入らないことを(言葉や、直接手を出さない言動も含めて)暴力で解決するのは、無条件で、してはいけないことで。その視点に立てば、堂々としていてもいいのでは…そんな風に、ずいぶん言葉をかけてもらいました。まぁ、と同時にこれを機にほのさんには自分を見つめ直して磨く機会にしてほしい、とも思うのですが、だけどそれはやはり、やられたら嫌なことは嫌なんだと、したほうもわかる事が大前提なんだと思うのです。

その思いの後押しをしてくれたのが、実は今でも月に一度通院している、精神科のお医者さま。これまた成り行き上、このひと月の間の心の動きや体の様子を報告する際に、この件を避けて通るわけには行かず…(^_^;)。
「それで、お子さんはだいじょうぶなんですか?」
「子どもは今のところ大丈夫なようで「4月よりもクラスの子たちと話すようになった」って話してくれますが、保護者さんの中に「この位のことで告げ口して…」というかたがいるようで」
「この位のことじゃないです! 明らかに人の傷つくようなことを言われたんですから。でも、先生もこれだけしてくれるというのは本当に大変なことで、ちゃんと対応してくださって、よかったですね」

なんか、これで、肩の荷が下りました。
いじめって、実は自分の子が加害側だと知るほうがショック大きい…というのは聞いてたし、今回実際そうだと思ったのでそのことはちゃんと忘れずにいようと思うけれど、だからといって、さほど間違ったことはしてないはず。そう、思ってもいいと思う。だから、堂々としていよう。

できれば、私がまだココロにいつどうなってもおかしくない火種を抱えている以上、あの日以降、できれば避けて通れたらよかったことがいっぱい、いっばいあった。だけど、逃げるわけには行かないから、ひとつひとつできる範囲で対処してる。今も、そう。
そんな日々の積み重ねが、少しずつだけど私を鍛えてくれたのかもしれない。そして、これ。
病気を経験していなかったら、もっとおろおろしてたかもしれないなぁ。

そんなことを、今は考えています。

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2011-09-29

後日談

おとといか、続きを読む…で、署名と絵本の話をさせてもらいましたが。

まず、絵本のコト。
うみさん曰く「密林(amazonねw)で売ってた」そうです…
やっぺはぁ!希望の光
ただ、私も実はホントに数冊なんですが、預かってきました。そのつもりはなかったのだけど、事務所でみてもらったら買ってくださるというありがたいお方が何人かいらして(^_^;)。
もし、ご興味のある方がいらしたら声をかけてください( ´ ▽ ` ) 送料こちら持ちで送るコトもできます♪

あともう一つは、署名。
このブログにスキャンしたものをアップしようと思ったら、容量が大きくてできなかった…_| ̄|○ ので、もしデータでほしいというかたがいましたら、TwitterだったらDM、mixiだったらメッセージ、ほか電子メールでもハガキでもFAXでも…って人はあまりいないか(^_^;)。とりあえずデータ送信可能なメールアドレスを教えていただければ折り返します、という方法でいいでしょうか? 当面そんなふうにしたいなと思います。
どうぞよろしくお願いしますm(_ _)m
(なお、どうしたらブログにあげられるのか、のアドバイスもあわせて募集します(^_^;)。)

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2011-09-27

それでも進んで行くしかないのだ

ブログに日々の生活を落とすのはひさしぶりです…ツイッターでその都度メモしておくほうが向いているような、断片的でしかも走り抜ける日々がずっと続いていたのですが、今日はひさしぶりにじっくり腰を落ち着けて文章を書きたい、そんな気持ちになりました。

ほのさんが2歳になるちょっと前から年中さんまで通っていた保育園に、行ってきました。私が今仕事で取り組んでいる署名をお願いしに行く、というのが出かけることにした理由でしたが、もう何年も行っていないこともあったので、どうせだったらほのさんをつれて行こうと思いました。
園長先生はほのさんを見るなりすごくびっくりして「ほ、ほのか~ヽ(;▽;)ノ」ってすごく喜んでくださったので、そのことがとてもとてもうれしかったです。あ、でも、先生に「ほのかは勉強好き?」って聞かれてあっさり「キライ(ーー;)」って答えてたのには絶句しましたが(^◇^;)

この保育園は、たぶん福島県外の人でも一度は耳にしたことのあるであろう、福島市の渡利という地域にあります。あのモンスターと化した原発から、60kmあまりしか離れていないのに、高い放射線量に苦しめられている地域。私の勤め先(の中央)が発行している機関紙で、この保育園を取材したということを、一昨日はじめて知りました…それも、言葉を失うような形で。

いろいろな話を聞かせてもらうことができました。
ほのさんのひとつ上で、誰からも人気のあったあやかちゃんのお家では、お兄ちゃんが今年高校3年生、妹は来春小学校でこの保育園に通っていて、中学生になったあやかちゃんだけがお母さんのお姉さんのいる北海道に移り住んだこと。震災前は23人いた園児が今ではたった6世帯になってしまったこと、この場所では来春以降の入所者の見込みが立たなくて、かと言って福島市からの人口流出は避けたいといろいろなことをやってきたので、市内でも放射線量の低い西南部への移転を決断して、そのためにいろいろなことを今やっている最中なこと。新しく建てた可愛らしい木の園舎は実はばらして移築できる(!)のだそうですが、その費用もばかにならないことも…

いちばん、印象に残ったのは、これです。
保育園の、保育士をしながらイラストレーターをしている先生が、園での震災後の様子を絵本にしたものを、見せていただいて、1冊買い求めました。
機関紙の取材がきた日、園には福島県の立ち入り検査の職員がきていたそうです。職員のかたにも絵本を見てもらったそうですが、その職員はにべもなくその絵本を突っ返して

「私たちは何もできませんから」

と言って去って行ったそうです。
勤務中だから個人的にでも絵本を買う、というのは難しいとしても、せめて「いっしょにがんばりましょう」の一言はないのか、と愕然とした、と言っていました。取材にきた記者が「私にできることは何かありますか」と聞いてくれたのとはすごく落差があって、これが現実なのだと…

正直なところ、半年経って、疲れてきた…というと違うかもしれませんが、不安が怒りを通り越して絶望感になっていることを、痛感することもとても多いです。
11人いたはずの登校班で、今日はとうとう6年生ひとり(notほのさんw ぐずぐずなので単に間に合わなかった)のために旗当番に出ることになってしまったこと。他の子はみんな、通学路の除染が進まないことに絶望して、学校まで車で送ってもらっていること。2学期に入って、たとえ6年生でも転校を決意するケースだってあとをたたないこと。
家族もクラスも地域も、どんどん分断されていく。なす術もないのか。

でも、この困難な状況の中でも、ほのさんが「帰る場所」が、大きくなっても彼女を覚えてくれている人が、ひとつでも多くあって、よかった。
私にとっても、時間がゆっくり流れる大切だった場所が、自身のだいじにしていることを守ろうとして、模索を続けていることは、とてもうれしくて、心強いことでした。

大きなことはできないけど。
私にできることを、少しだけ勇気を出して、歩き続けて行こう、あらためてそう思いました。

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